カツカレーの元祖は、〝銀座グリルスイス〟と言われています。その発祥ストーリーに巨人軍の千葉茂氏が関わった話は有名です。ところが、「かつカレー丼」の元祖は銀座グリルより30年以上前の浅草の洋食屋〝河金〟ということが言われています。その河金本店は大正7年創業。お店は浅草の国際通りにあり、江利チエミさんら多くのファンがいたらしいです。本店は、閉店しましたが支店が入谷にあります。その支店の〝河金〟も創業50年になる老舗です。言問通りを挟んで入谷鬼子母神と反対側の露地裏です。
〝河金丼(750円)〟というのが元祖かつカレー丼のことです。
壁にメニューが貼ってあります。〝七〇匁(もんめ)カツ〟というのがあります。1匁は3.75gです。70匁は262.5gですね。本店は戦後間もなく百匁(375g)カツで有名になり〝匁カツ〟と呼ばれていたそうです。当時の豚肉の仕入れに進駐軍関係の精肉店の協力があったそうです。河金の屋台時代から江利チエミさんは常連客であり、もしかしたら進駐軍のキャンプで絶大な人気のあったチエミさんに忖度が働いていたのかも知れませんね。
かつカレー丼が出来るまでビールとポテサラで待ちます。
丼鉢に盛られたかつカレー。
肉は柔らかなヒレカツでした。
かつとごはんの間にキャベツが敷かれています。
女将さんにお聞きすると本店でかつカレー丼が出来たのはホントに偶然だったそうです。
麻雀屋に出前を頼まれてカレーととんかつを出前に行ったらお客さんが、
これ次回からご飯の上に一緒に盛って来てよ、と言われたのがきかけだと聞いてます。
かつカレーという世紀の発明も、実はこんなに単純なことがきっかけかも。
そう言えば、親方はお弁当を出前に行っちゃいました。今でも、ご近所さんに愛される庶民的なお店なんですね。
カレールーもとんかつも美味しかったですよ。
次回は百匁カツにチャレンジしてみたいな。