ソバリストランテ・ナールのそぼろ丼/銀座(どんぶりスコア18/20★★★★)

 お笑いタレント・ホンジャマカの〝石ちゃん〟こと石塚 英彦さんが〝メレンゲの気持ち〟(日本テレビ 毎週土曜日12:00-13:30)で開店間もない〝ソバリストランテ・ナール(Soba Ristorante na-ru)〟を訪れてから3年経ちました。(2014年5月3日)
 〝まいうー(美味い)〟の食レポは視聴者の好感を呼びます。石ちゃんの食レポは、常に作り手の気持ちに立ちます。ナールの〝イタリアンな蕎麦〟に衝撃を受け、まいうーを連発。当時食べたトマト風味の〝アマトリチャーナそば〟を大変気に入ってました。
 あれから、ナールのメニューの数はさらに増え、しかも内容も進化。久しぶりに訪問しました。
  丁度、店主の山崎祥平さんが蕎麦打ちの真っ最中。見事な水廻しです。
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ランチ・メニューはこの通り。
本日は、〝Cセット〟でごはんを〝そぼろ丼(山椒醤油味)〟にしました。

 

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先ずは、グラスビール。 他では、なかなか飲めない〝白穂乃香(しろほのか)〟。生きた酵母をそのまま残して最高の味。
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ドレッシング・オリーブオイルのサラダ。
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そして山椒醤油味の〝そぼろ丼〟。
このぴり辛のそぼろがバカ旨。無料の大盛りにすべきだったかなあとちょっと後悔。
甘過ぎず、それでしっかりした味付け。
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パスタ風の蕎麦は、ピッツァ・マルゲリータを彷彿させる三色の変わり蕎麦。
緑は、〝バジル〟の野菜パウダーを練り込んだ蕎麦パスタ。
赤は、〝赤ピーマン〟の野菜パウダーを練り込んだ蕎麦パスタ。
そして白は、〝パルメジャンレッジャーノ〟。
蕎麦は、オリーブオイルト塩で味付けしてあるのでそのままチーズを絡めて食べても美味しい。
温かいそばつゆも別途用意されているので上からぶっかけにしても良し。
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来月には開店4年目を迎えるナール。ますます目が離せないイタリアンな蕎麦屋です。

山形山の釜めし/月島(どんぶりスコア16/20★★★★)

上から読んでも山本山 下から読んでも山本山

故・芥川隆行TBSアナウンサーの〝山本山〟のCMの名ナレーション。よく間違えられるのは女優・山本陽子さんの〝山本海苔店〟のCМ。両者は別会社です。
 昔は、お歳暮や謹賀新年のご挨拶に海苔やお茶は欠かせませんでした。
ワタシ、学生の頃、大女優の山本陽子さんと旧TBS会館の地階にあったチョコレートケーキでお馴染みののイメージ 10喫茶店で同じカウンターに座ったことがあります。
とても綺麗な女優さんでしたよ。
 月に一度〝月島〟で野暮用。出掛ける度に周辺の美味しい丼モノ探し。今回は、〝山形山〟を訪問しました。
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花番の若い女の子に上から読んでも〝山形山〟ですねと言うと、
右から読んでも左から読んでも山形山です
と笑います。この有名なCМ知るワケないですよね。1990年頃の放送ですから。
月島駅至近の〝山形山〟は、都内に〝鳥番長〟、〝日本焼肉党〟などレストランチェーン店9業態・14店舗を展開する〝株式会社バイタリティ〟の焼肉と釜めしの業態店。山形山のコンセプトは名前の通り山形県の味。
気になるメニューは、山形・寒河江(さがえ)の〝冷たい肉そば(850円)〟。隣町の〝河北町〟で誕生した冷たい肉そばは真冬でも冷がけの蕎麦。成鶏(親鶏)の硬い肉をトッピング。そばつゆは旨味の鶏だし。鶏肉の食感も大好きな郷土そばです。
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挽きぐるみの黒い蕎麦はコシが強い田舎そば。
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そして、山形と言えば〝山形牛〟。山形は日本三大和牛のひとつ〝米沢牛〟生産県。全国的に有名になったので県内の肉牛の生産は高まり総称としての山形牛の生産が盛ん。
ここ山形山も美味しくて品質の良い山形牛の焼肉で定評です。
頼んだのは、〝山形牛リブロース釜めし(1380円)〟。サラダ、八丁味噌の味噌汁、小鉢付き。
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蓋を開けると、立ち上る湯気の中からリブロースと葱の上に乗った半熟玉子が現れます。
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玉子を崩すと、すき焼き風。
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お茶碗によそいます。

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味付けはもすき焼き風で甘めのタレ。お茶碗三杯分とボリューミーです。
蕎麦と肉と日本酒。山形は美味しい食べ物がいっぱい。今回は呑みませんが、山形の日本酒も最高です。

魚菜はざまの海鮮丼/月島(どんぶりスコア16/20★★★★)

  店の前に出ている大きな立て看板。

丼ものメニュー写真はここに展示されているだけで69種。

当初はランチタイムの時だけ出ていた看板ですが、店内にしまうのが大変だと出しっぱなし。夜も丼ものを提供するようになったそうです。

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 店の名前は〝魚菜はざま〟。有楽町線、大江戸線の月島から徒歩5分にある小料理屋です。店主の名前の〝間(はざま)太一〟さんに由来します。開業が2009年。マスコミにしばしば紹介される有名店です。築地の仲卸で勤務していた間さん。目利きの実力を活かしてコスパの高い丼ものを提供しています。
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 月島に野暮用があった序に寄りました。開店は11:00。11:10に到着すると1階のカウンターは満席。2階の相席のテーブル席に案内されました。直に2階も満席。外は行列も出来ています。
 たくさんのメニューに〝目移り〟します。あれこれと目に入り色々なものに心が惹かれ決めかねました。
結局、注文したのは〝めかじきとねぎとろの2色丼(1200円)〟。冷や奴とひじきの煮つけの小鉢も付いてます。
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左半分がねぎとろ。右半分にめかじきの唐揚げを盛ってます。
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わさび醤油を掛け回した大葉の下にほかほかの白いご飯。
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めかじきの萌え断(面)。(笑)
美味しくて、ねぎとろ、めかじき、白飯と次々にわしわし。夢中で掻き込みました。
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連れが注文した〝サーモンといくら丼〟。美味しそうですね。いくらは只今、高騰中。2000円でした。
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当店の一番人気は〝マグロほほ肉ユッケ丼〟。本日は品切れ。残念。
冬の人気は、かき丼に生がきがセットになった〝かきづくし〟。是非、食べてみたいですね。

マグロ卸のマグロ丼の店/豊海水産埠頭(どんぶりスコア18/20★★★★)

 同居人が月島に用事があるというのでついて行くことにしました。ワタシにはワタシで目論見があって・・・。同居人の用事が終わったので有楽町線月島駅近くの月島区民センターから100円バスに乗りました。

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到着したのは〝豊海町(とよみちょう)〟の〝豊海水産埠頭〟。ここは冷蔵倉庫が立ち並ぶ場所。関係者以外立ち入り禁止的雰囲気。でもここは知る人ぞ知る食いしん坊の聖地です。

 創業昭和49年の超低温冷凍倉庫事業や水産卸売事業を営む株式会社スズヨシがサイドビジネスとしてやっている〝マグロ卸のマグロ丼の店〟があります。
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 ワンコインで食べられる〝マグロ丼〟で有名です。
券売機で食券を買い料理ができるまでテラス席で海を眺めながら生ビール。
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テラス席はこんな感じです。

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右手の向こうの方に〝レインボーブリッジ〟が見えます。その左の方には、フジテレビの球体展望室〝はちたま〟も見えます。

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左手は消防署。〝臨港消防署〟です。その後ろにある薄ぺらい一反木綿のようなビルはなんでしょうか
Google Mapで航空写真をググってみると中央区清掃工場の煙突でした。三角形の煙突でこちら側に一面しかみせていなかったのです。

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ようやくマグロ丼が到着。
折角なのでマグロの具の量がワンコインの2.5倍ある〝てんこ盛りマグロ丼〟です。値段は1000円。中トロでこの量。絶対お得です。

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上から見ると・・・。

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横から見ると・・・。

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接近してみると・・・。

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食べてみると。中にぎっしり白ごはん。かなりボリュームありです。

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同居人が食べたのは〝特選A〟。上赤身、中トロ、びんちょう、玉子、いくら、ねぎとろで1000円。
これかなりいいですよ。
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どんなのが出るかは来てからのお楽しみ。

金子半之助の天丼/日本橋(どんぶりスコア18/20★★★★)

 天丼の〝金子半之助〟が日本橋の三越前にオープンしてから7年経ちました。あの開店当時の衝撃を今でも忘れません。

2010年11月15日。当時、日本橋の会社に勤めてました。日比谷線小伝馬町駅の出口で出勤時にチラシを貰いました。15日、16日の両日、880円の天丼(現在950円)が無料。そんな開店記念なんて聞いたことがありません。案の定、行列の長さは夜まで何百メートルにも達していました。この店の知名度が一気に広がったことは間違いありません。
 今日は、開店時刻の11時に到着。既に40名が並んでおり入店したのは45分後。
あれから都内は勿論、国内、国外に支店も多く出来たし、日本橋本店は平日は1時間待ちを覚悟すれば何とかなりそうです。
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 店名の〝金子半之助〟、オーナーの金子真也さんの御祖父さんのお名前。天ぷら職人として高名な方だったようで・・・。その御祖父さんの秘伝のタレがこの天丼の旨さの根源。レシピは御祖父さんから頂いた閻魔帳だそうです。当時、真也さんに直接教えて頂いた情報です。

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 黒豆茶とお茶請けに生姜の酢漬けとガリゴボウの2種。クセになる旨さです。

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 天丼(950円)に豆腐の味噌汁(120円)をオーダー。胡麻油の良い香りが鼻腔をくすぐります。揚げ油は胸焼けしないようにサラダ油と胡麻油のブレンドです。
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天ぷらの種は江戸前と称するには欠かせない穴子の一本揚げ、車海老2匹、イカはサイコロ状にカットしてます。シシトウ、海苔、そして温泉玉子。7年前にはこれに白身魚があったんだけど…。(笑)

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上から見ても豪華。

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後ろ姿も美しい。いやこっちが正面かも・・・。

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とろとろの温泉玉子の天ぷら。黄身があふれ出します。

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白身魚が1品なくなったとは言え、7年間で値上げを70円(味噌汁は20円値上げ)に抑えたのは立派。天丼としても美味しさと豪華さを維持しています。

これからも多くのお客さまを惹きつけ続けることでしょう。

つじ半の海鮮丼と鯛だし茶漬け/(どんぶりスコア19/20★★★★ )

   東京駅北口を出て真正面の〝八重洲北口通り〟を徒歩5分。銀座線・日本橋駅からだと徒歩2分。海鮮丼〝つじ半〟。只今、大ブレーク中。

 11時開店の15分前のに着きましたが既に30人超の行列。店内に入ったのは70分後。この行列は途切れることがありません。
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〝つじ半〟の名前。ラーメンの〝めん徳二代目つじ田〟の〝つじ〟と三越前の天丼〝金子半之助〟の〝半〟の二つをくっつけた名前。二つの大人気店のコラボです。

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涼しい店内に招じ入れられました。海鮮丼が出て来るまでお茶と漬物を頂きます。

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ゴマダレの刺身が出て来ました。数えると4切れ。今日の刺身は〝ワラサ〟。鯛が出て来ることもあるらしい。

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ご飯の上にうず高く盛りつけられた海鮮の具。蟹や貝、刺身がミンチされイクラも少し。海鮮タワーです。

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真上から見るとこんな感じ。

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ぜいたく丼のメニューは3つ。
ワタシが選んだのは990円の梅。
竹になるとイクラがたっぷり。季節によって蟹とかの高級素材が沢山入るようです。
でも殆どのお客さまのオーダーは990円の梅。お店も一番チカラを入れてるメニューです。
見栄を張らず堂々とご注文ください。

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〝黄身醤油〟に山葵(ワサビ)を溶かして掛け回します。黄身醤油は醤油に卵の黄身を加えたモノ。刺身との相性が抜群です。

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具(ぐ)っと我慢のゴマダレワラサ。
先に空っぽになったどんぶりに鯛出汁を入れて頂きます。
ご飯の量は、最初のご飯の半分と注文しました。こころもちダイエット。←なってない。(笑)
空っぽにして渡す人もそう多くありません。
〝ワラサの鯛だし茶漬け〟。完成です

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美味しくて、美味しくて。1.5人前完食。

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価値ある990円でした。

次回は鯛茶漬けで食べた~いです。ワラサも美味しかったですよ。(笑)
8月中旬から神楽坂店もオープンしました。

伊勢廣の焼き鳥丼/京橋本店(どんぶりスコア18/20 ★★★★)

 大正10年創業。都内焼鳥店で老舗中の大老舗。
銀座線京橋駅から3分。東京駅からも徒歩5分。
夜は近隣のサラリーマンで賑わい、昼はランチ目的で行列が出来ます。
この店を最初に教えてくださったのは日本橋の化学商社時代にお世話になった化学メーカーのお取引先。以来、ランチを食べに来たり、夜は酒を呑みに通いました。
表通りのビジネス街から裏の小路に入ると昭和時代の面影を残す飲み屋街。その一角にあります。
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特製鶏スープ、お新香が出されます。鶏スープは熱々。鶏ガラから旨味が溶け出ています。

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〝焼鳥4本丼〟1550円
ささみ、団子、もも肉、皮身。
どんぶりに所狭しと串焼きが並べられてます。正確に言うと、串は外されてトッピング。でも直前まで串に刺さっていたように繋がってます。

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さっぱり味のささみは山葵がアクセント。塩焼きのつくね団子。甘いタレのもも肉はねぎまで。ねぎは千住の葱商から仕入れる最高の千住葱。ジューシーな皮身。
一つひとつの味が明確に違います。

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焼き鳥の下には千切った海苔とタレご飯。焼き鳥と一緒に掻き込むと幸せ気分。
タレは醤油と味醂だけのシンプルなタレですが、串を焼いては漬け込むことを返し、コクがありながらすっきり味。

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美味しい焼き鳥をより一層美味しく食べるための〝三種の神器〟。
塩、七味唐辛子、山椒。塩は流通する数百種の塩の中から厳選されたこだわりの塩。

 

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この店を超える焼き鳥丼は滅多にありません。

 

玉ひでの親子丼/人形町【どんぶりスコア16/20 ★★★★】

おやっ、味が変わったね。美味しいねえ。

夫婦で顔を見合わせました。
布施明がこのお店の親子丼を食べて、
こんなに美味しいものが東京にあるのだ
と大感激したのは有名な話。と言っても、布施明は地方出身者ではありません。東京三鷹市の出身。芸能界に入り、人形町の〝玉ひで〟に連れて行って貰ったのでしょう。
以来、布施明の玉ひで愛は相当なもので、色々とテレビ番組に出てはどんなに玉ひでの親子丼が美味しいのか一生懸命話していました。〝とんねるずのみなさんのおかげでした〟の番組で仲間由紀恵と共演した時もお土産に親子丼を持参したほどです。
でも、だいぶ以前でしたが家内と玉ひでに親子丼を食べた時、
うっ、甘い甘すぎる
という印象が強かったのです。布施明がそんなに言うほど美味しくないじゃんと正直今日まで思ってました。
今日も開店前から長蛇の行列。店の前を通る度に、
それほど美味しくないよ~。
って心の中で思ってました。(笑)
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門灯に灯りが点きました。いよいよ中へ。
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 下足番に履物を預けて上がると玉ひで・親子丼の生みの親〝五代目妻女 山田とく〟の写真と食品サンプルの親子丼が飾られています。
 玉ひでに開業当時から親子丼があったのではありません。1760年の創業時は、代々、将軍家の鷹匠を家業としていたことから〝御鷹匠仕事〟に移りました。将軍家の前で鳥を絞めて血を一滴も出さずに肉と骨に包丁で捌く儀式〝包丁式〟をやっていました。
当時の鶏肉は、鶴、白鳥、鴈、雉、山鳥の順番に高貴な食肉とされていました。我が国は、仏教伝来以後、基本的には食肉は忌避されていました。鶏は最も忌避される鳥肉です。時を告げる神の使いと目されていたのです。
 ところが南蛮から鶏を食べる習慣が入ってくると最初は卵料理、そして食肉の習慣が徐々に広がりました。玉ひでは、1852年には、軍鶏鍋(しゃもなべ)名店として名物店番付に掲載されるようになったのです。五代目の妻女・とくが明治25年以降に〝軍鶏肉の親子丼〟を発明をして、味の評判は瞬く間に東京中に知れ渡りました。
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軍鶏の鶏ガラスープとほうじ茶が出て来ました。いよいよですねえ。
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金色の親子丼を恭しく仲居さんが持って現れます。
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ご開帳
ご覧ください。このジューシーな親子丼。
シズル感満載
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軍鶏肉が黄色い大海で溺れてます。
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軍鶏肉は肉質がやや硬い。でもそれが食感を楽しませてくれます。
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親子丼の元祖。玉ひではやはり美味しい

 

吉野家築地一号店の牛丼/築地

 〝うまい、安い、早い〟と言えば牛丼の〝𠮷野家〟。

創業当時の𠮷野家には、〝安い〟の言葉はありません。
𠮷野家の日本橋の魚河岸での創業は1899年(明治32年)ですが、関東大震災、太平洋戦争を経て現在の築地市場場内に一号店を再開したのは1947年(昭和22年)です。
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 築地市場に仕入れに来る連中は、朝が早い。忙しい。そして金を持っている。当時、大学卒の新入社員の月給が5千円位だった頃、築地市場の来場者は平均4~5万円を持ってやって来ます。
当時の牛丼の値段は、うな重とほぼ同じ位の値段でした。だから〝安い〟はなかった。
コの字型のカウンターに座って食べる時間もない連中は、立ったまま食べます。今でもその面影が残っていて壁に箸立てが固定されています。
面影と言えば、看板。
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  ここの看板は白字に黒文字。橙色に黒文字の他店と違います。
 〝𠮷野家〟の屋号〝𠮷野家〟は創業者・松田栄吉の生家が大阪の吉野町にあったのに因んでいます。
〝𠮷野家〟の〝𠮷〟に注目してください。〝𠮷野家〟の〝𠮷〟の〝口〟の上は〝士(さむらい)〟ではなくこのように〝土(土)〟が正しい。殿様商売はイカンと中興の祖であるミスター牛丼こと〝安倍修仁〟会長が多くの店で誤用していたのに気が付き全店の屋号を昔の使用文字に修正させました。
 第一号店には、他の店にはない特殊なオーダーが出来ます。
私が注文したのは、〝あたま特盛〟、〝つゆチョイダク〟。〝黄身だけ別皿〟です。
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〝あたま〟と言うのはご飯の上のトッピング。つまり牛肉のこと。これは並の〝85g〟、大盛りの〝110g〟に対してこの店だけ特盛りの〝180g〟があります。ご飯の量は変えずに肉だけ並盛の2倍に出来ます。
 つゆだくはSMAPの木村拓哉の牛丼好きで世間に知られましたが、一号店には、〝だくだく〟とか〝だくだくだく〟もありますし、ちょいだくのような微妙な調整も応じてくれます。
 その他に、脂身を多くしろとか赤身を多くしろ。玉ねぎを多くや少なくしてにも応じます。
見えにくいですが、奥の白飯まで分厚い肉の壁がありました。
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玉子も〝黄身だけ〟と言えば白身を排除。

このように他店ではできない色々な注文が裏メニューとしてできるのは、この一号店が𠮷野家社員にとっても特別の存在だからです。𠮷野家の聖地だからです。
築地から豊洲への移転問題で、第一号店は、閉店予定でしたが、今はここで営業を継続しています。
移転前に是非、ご利用ください。

ナイルレストランのムルギーランチ/東銀座

〝日光を見ずして結構と言うなかれ〟という格言風に言えば、〝ムルギーランチを食べずしてカレーを食べたと言うなかれ〟。
 昭和通りを挟んで新しくなった歌舞伎座の向かいにあるのが、創業1949年(昭和24年)の〝ナイルレストラン〟 。日本最古の〝インド料理専門店〟です。
 いつも行列の絶えない人気レストラン。この人気が半世紀を超えるのですから〝只者〟ではありません。ナイルレストランの一番人気。ランチなのに夜も食べられる〝ムルギーランチ〟の美味しさの秘密に迫ってみましょう。
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 8名ほどの行列。いつもと比べると少ない方と喜ぶべきでしょうか・・・。
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 1階も2階も店内は、勿論満席。入り口近くのテーブル席に案内されました。
ファーストドリンクは、インドビールの〝ゴールデンイーグル〟。酸味があり、これから始まる辛味料理にぴったりで美味しい。〝ラッシー〟代わりに・・・。
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  ゴールデンイーグルのつまみは、これっ。〝パッパル(PAPPADS)〟。無料の突き出しです。インド産の〝ウルンド豆〟を薄く延ばして煎餅状にしたもの。これを油で揚げるとふわふわ煎餅のようになります。
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 いよいよ、この時間帯の来店客のほぼ100%が注文する〝ムルギーランチ〟の登場。〝いわて純情米〟のイエローライス、地鶏〝いわてっこ〟のもも肉、〝温野菜〟の一緒盛り。もも肉は、7時間煮込んで大変柔らかくなっています。
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 インド人のウエイターさんが、ナイフとフォークを使って上手にもも肉を骨から切り離します。
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 もも肉解体直後のムルギーランチ。思わずスプーンでカレーとイエローライスを掬って食べたくなります。でもダメ。今からムルギーランチを美味しく食べるためにお客さん自身がやらなければならない作業。
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 ただひたすら、具材とイエローライスを〝まぜまぜ〟。
たっぷりのカレーソースが皿からこぼれないよう細心の注意を払いながら〝まぜまぜ〟。
一心不乱に〝まぜまぜ〟。美味しくなりますように
と、まあこんな状態。
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スプーンに山盛り。お口に持って来ます。
あ~ぁ、美味しい。
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テーブルの横のガラスケースの中に、ナイルレストランのレトルカレーが陳列されています。
テレビでもお馴染の〝二代目G,M.ナイル〟さんの笑顔がパッケージに・・・。
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 そして、その上の棚に三代目〝ナイル善己(よしみ)〟さんの料理本と〝インドよ❢〟。
〝東京スパイス番長〟という4名の共著のインド紹介のエッセーと写真集。棚から取り出し、パラパラめくってみました。面白そう。特に、写真が趣味のナイルさんが撮った素敵な画像に心を惹かれます。
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 敗戦国日本の戦争犯罪を裁く〝東京裁判〟。戦勝国に任命された判事たちは、被告の日本を容赦なく弾劾。その判事たちの中でたったひとり良心的な判事がいました。彼は、一方的な戦勝国が敗戦国に対する有罪判決に反対したのです。
 平和に対する罪と人道に対する罪は戦勝国により作られた事後法であり、事後法をもって裁くことは国際法に反する。
インド人の〝パール〟判事の名言。そのパール判事の秘書として敗戦国日本に来日したのが、〝ナイルレストラン〟の創業者〝A.M.ナイル〟さん。ナイルさんは、大好きな日本を助けるために、パール判事に色々と話し掛けました。実は、戦前、ナイル氏は、インド独立運動家として当時のインド政府からマーク。そのため身の危険を感じて京都大学工学部に留学。それが縁で、日本陸軍と協力しながら戦時中インドの独立運動を支援し続けたのです。インドが独立出来たのは、日本人のお蔭。初代ナイルさんが日本を愛する大きな理由です。
 三代目ナイル善己さんは、エッセーの中で書いています。インドは、宗教上、牛を神聖視します。それは、牛がシヴァ神の〝乗り物〟だからです。牛肉を食べない風習は、北インドに強い。現在の南インドは、好んで食用されるそうです。〝ノービーフ、ノーライフ〟。そして、幸運の神〝ガネーシャ〟夢を叶えるゾウの乗り物は〝ねずみ〟。象がねずみに乗るなんてと善己さんは笑います。
 ナイルレストランがオープンした昭和24年。奇しくもインド象〝はな子〟が上野動物園に来日した年です。(はな子は、後に井の頭公園に移送。)〝はな子〟はタイからの贈り物。同年、インドから〝インディラ〟も贈られました。この2頭のインド象は荒廃した日本に明るい〝ゾウ・ブーム〟を巻き起こしました。
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 善己さんの著書をもう少しゆっくり読みたいと思い、店の方に売ってくださいと頼んだ丁度その時。二代目ナイルさんが2階から登場。あのいつものニコニコ顔で・・・。
 善己にサインをさせますから待っててください。
えっ
待ってると、調理場から善己さんが登場。お父さんと同じニコニコ顔で、本購入のお礼を言われました。
初代の日本を愛する心は、二代目も三代目も同じです。
ムルギーランチを完成させた二代目。そして、三代目の善己さんは、インドの五つ星ホテルで修業。ナイルレストランの素晴らしい美味しさは、これからも益々進化することでしょう。
大きな〝ガネーシャ〟を背負った小さな〝ねずみ〟は、ナイルさんたちだったのか、日本人たちだったのだろうか
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梅田の鰻丼/人形町

おい、梅田お前んとこ鰻屋だろ。父ちゃんが鰻に梅干は食い合わせが悪いって言ってたぞ鰻屋にしては最低の名前だな
梅田少年の心は酷く傷つき、今に見てろと・・・。
そんな話があったかどうか知りません。 昭和38年創業の人形町〝すっぽんと鰻 梅田〟。の名物〝梅田丼〟は、鰻と梅干のマリアージュです。
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梅田少年は、子供の頃の悔しさをこんなカタチで訴えました。
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さて、どんな〝梅田丼〟が出て来るのでしょうか
ビールを飲んで待ちましょう。
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突き出しは、〝すっぽんの煮こごり〟
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ホントは、玉子焼きや板わさも欲しいのだけど、夜のメニューだそうで昼のつまみはありません。
〝梅田〟は、注文を受けてから鰻を蒸して焼くので出て来るまでに30分位掛ります。それでも満席のお客さま、ニコニコ顔で不平ひとつなしでその時を待ちます。
いよいよ鰻の登場
先ずは、連れが選択した〝白焼き丼〟。
梅田丼と並んで他の鰻屋であまり見かけないメニュー。
どちらも人気のメニューです。
鰻に串を打った〝筏(いかだ)〟をタレに浸けずに直火で〝蒲焼〟にしたもの。タレの味が一般的に濃いため白焼きにすると鰻本来の美味しさが口の中に拡がります。
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鰻の白焼きは、決して珍しくありませんが、丼ぶりは珍しい。鰻の白焼きは〝わさび醤油〟で食べることが多いので、白焼き丼の上には、わさびの大きなかたまりがちょこんと乗ってます。
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確かに、鰻丼なのにさっぱりとした味わい。特に何も浸けず、そのまま食べられます。
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お待っとうさんです。
名物〝梅田丼〟。
鰻の表面は、軽くタレを塗って焼かれてます。
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蒲焼は、ご飯と一緒に取り出しやすいように予めひと口サイズにカッティングされてます。
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うち1枚の鰻を捲(めく)ってみると・・・。
納得です。鰻ととご飯のあいだにあった〝美味しさの秘密〟。
梅干ペーストがご飯の表面に塗られてます。刻み海苔、青葱、胡麻。
シンプルですが。めちゃ旨い
こんなにも美味しいから。つい食べ過ぎるので〝食べ合わせ〟にしちゃったのではないでしょうか
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〝江戸料理の研究家〟としてご高名な千葉大学名誉教授の〝松下幸子〟さん。
先生のご研究では、〝食合禁〟にはふたつあるそうです。ひとつは、食べ合わすと不都合な結果が生まれるかも知れないという本来的な食合禁。中には、現代にも通じる科学的な根拠のあるものもあります。
もうひとつは、〝月禁〟と呼ばれるものです。他の月には食べても良いけどその月にはダメ。例えば〝鰻〟は4月と12月は食べていけないことになっています。現代では〝迷信〟として問題にされないですが、当時は生活の中で重要な役割を持ってました。〝鰻と梅干〟は食べ合わせになっていますが、実は、〝月禁〟に近い迷信のようなもの。もしかすると、〝あまりに美味しい組み合わせ〟は、人間を堕落させるので良くないという禁欲的な意味合いがあったのかも知れません。まあ、一度、人形町の美味しい〝梅田丼〟を是非、お召し上がりに
但し、お腹が痛くなっても知りませんけど・・・。

長峰のとうもろこしご飯/銀座

親の意見と茄子の花は千に一つも仇(徒)はない
茄子(なす)は花が咲けば必ず実がなり、むだ花が一つもないように、親が子に対してする意見にも決して無駄なものはないという諺です。
茄子は、〝着果率〟の高い野菜。一旦、花が咲くと実のなる確率が高いと言われます。但し、必ずしも花が咲くとは限りません。花を咲かすために生産農家の努力があります。〝千成なす〟は、沢山の実をつける縁起の良い野菜。でも美味しい千成なすを作ることは大変です。美味しい野菜を提供する努力を惜しまないという気持ちを〝親子の茄子〟に託して意匠にしたのが銀座〝八彩(やさい)懐石 長峰〟です。
八彩と書いて〝やさい(野菜)〟と読ませます。築地で創業昭和16年の〝八百屋〟の〝長峰商店〟が母体の野菜料理レストラン。いわば、青果に関してはプロ中のプロの長峰がどんな野菜懐石を提供するのか楽しみ。今回の企画も〝東京美味しんぼ倶楽部〟の会長〝もぐリーダー〟です。
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重厚で威厳のある看板。〝長峰〟の文字は、有名な書家(大谷洋峻 氏)によるものです。
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地下一階の玄関。暖簾をくぐるといよいよ・・・。
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ゆったりした立派なカウンター。横一列で着席。シェフと真正面でなんかドキドキ。
取りあえず、ビールを飲んで緊張をほぐします。
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〝食前〟に出て来た〝自家製とまとジュース〟と〝石榴(ざくろ)レモンゼリー〟
特に、この〝とまとジュース〟の甘さと濃厚さ。今まで飲んでたトマトジュースは何だったのでしょうか
北海道産の〝桃太郎トマト〟だけで絞っています。とろりとして飲みやすいです。
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上からじゃ沈んでる石榴(ざくろ)が分かりませんね。
酸味の利いたすっきりした口当たりです。
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〝前菜〟が丸盆に並びました。
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〝マスカットゼリー〟
 涼しげでしょ。
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〝コリンキー梅和え〟
コリンキーは〝サラダかぼちゃ〟とも呼ばれる生食用のかぼちゃです。ズッキーニに似た食感。上に、モロッコ隠元(平鞘インゲン)が乗っています。
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〝諸胡瓜香り漬け〟
諸胡瓜は、胡瓜に醤油の醪(もろみ)を添えたもの。手軽につまみになるので一般的ですが、長峰は一ひねり。醪で味付けをした胡瓜に針生姜と糸唐辛子を美しく乗せています。
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おっ~
歓声が上がった〝凌ぎ〟の〝野菜寿司〟
酢締めされた野菜が寿司ネタになります。
左から、茗荷、陸蓮根(おくら)、ズッキーニ。
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 宮城県石巻市・平孝酒造〝日高見〟の辛口純米酒を頂きました。
野菜料理の繊細さを邪魔しない端麗な味。でもしっかりと米の味を感じる旨みがあります。
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〝御椀〟です。
〝枝豆茶巾〟の周りに〝ホワイトアスパラの摺(す)り流し〟。トッピングは、〝鮑茸〟、〝パブリカ〟、〝蓮根〟です。吸い口は胡椒。
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えへぇ、〝枝豆茶巾〟を開いてみました。
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和食の懐石なら〝お造りタイム〟
長峰では、氷のボールの中に〝野菜のお造り〟
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新鮮なネタは、冬瓜、アスパラ、生木耳(きくらげ)、ミニトマト、カリフラワーです。
山葵(わさび)が添えられ、〝胡麻ポン酢〟で食べます。
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お造りの横に、〝生湯葉〟。
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メインの〝焼物〟は、〝鰻湯葉〟
驚きの〝もどき料理(精進料理)〟です。
生海苔ソースの上にじゃが芋ステーキ。その上に湯葉で作った〝鰻の蒲焼〟。鰻の皮も揚げた焼き海苔です。
トッピングは、伏見唐辛子。京都の伝統野菜で辛味は全くありません。ズッキーニのステーキも添えられ、その横に酢取り茗荷です。
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鰻の蒲焼の中身はこれっ。よく出来てます。鰻の白身の食感と同じ。へえっ、湯葉でねぇ~。
蒲焼のタレを塗られて香ばしく焼かれた味はもどき料理の真骨頂です。
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和歌山和歌山市・九重雑賀の〝雑賀(さいが)の郷〟純米酒。酒米作りから自社でやっているこだわりの酒蔵です。
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 〝煮物〟が運ばれて来ました。
お店の象徴の茄子の器です。
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蓋を取ると、中から現れたのも茄子。〝賀茂茄子にトマトの餡(あん)掛け〟
〝陸蓮根(おくら)〟のトッピング。共餡のトマトソースが賀茂茄子の柔らかな肉に沁みこんでいます。
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〝酢の物替り〟
嬉しい〝替り〟です。
〝糸瓜(へちま)〟と〝白瓜(しらうり)〟を素麺に見立てます。にセルフィーユ(チャービル)の葉がトッピング。美味出汁ジュレが掛っています。セルフィーユを酢に浸出したものは、昔、〝しゃっくり〟の治療薬に使われたそうです。ヨーロッパでは昔から馴染のある野菜です。
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料理長が土鍋を持って現れました。
料理長は〝児玉雄作〟氏。長峰の前職は、築地本願寺〝紫水〟の総料理長。2007年の〝第1回日本料理コンペティション 関東甲信地区予選大会〟で準優勝した実力・和食職人です。
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土鍋の中身はこれっ。北海道産玉蜀黍(とうもろこし)の炊き込みご飯。
玉蜀黍のシャキシャキ感を残すために、茹でてから粒を外し、塩味に味付けされたご飯が炊き上がる直前に土鍋に投入。一緒に蒸すそうです。
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茗荷とひねり胡麻のトッピング。ひねり胡麻は、煎った胡麻を親指と人差指でぎゅっと押し潰した胡麻。その処理で胡麻が美味しくなります。
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さて、最後はデザートかなあ、と思っていたら料理長がフルーツの大皿をふたつ持って来られました。
そして1枚は、隣の女性の前に。もう1枚を私の目の前に・・・。
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一瞬、何が起こったのか分かりませんでしたが、よくみるとリンゴのカービングで〝祝 ご栄転〟の文字。
 何  ご栄転って
身に覚えがありません・・・。
そう言えば、6月までは化学商社の役員でしたが大我なく役目を終えて顧問に就任。同時に、来夏、前職のご縁で転職予定の新しい職場(医療法人)が決まりました。7月から新しい職場の顧問の兼務も開始したところです。
リーダーのもぐたんがサプライズで用意してくれたイベントでした。
隣席の女性も鼻の手術が終わり無事退院したばかり。彼女の前にも〝快気祝い〟の同じ皿が・・・。
知らなかったのは、参加者の真ん中の席に座らせられた2人だけ。
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文字入りリンゴは、2人のお土産に・・・。残りのフルーツは、皆で完食しました。
最後は、ホントのデザート。〝水菓子〟は、白桃シャーベットと五穀米煎餅。
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〝フルーツティー〟
フルーツティーは、パパイヤ、キウイ、マンゴー、オレンジ、アメリカンチェリーで作られています。
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こんな具合に・・・。
贅沢なフルーツティーです。
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〝野菜とは何か〟というと、その定義は思いの外難しいです。果実との境界がはっきりしません。一般的には、食用に供される草木類の総称ということですが、タラの芽や山椒の葉は木本性(樹木)ですが野菜として取り扱われます。いも類も野菜として扱われています。その意味で〝八百屋〟の八百は〝八百万(やおよろず)〟の八百であり、大海に棲む魚介類と同じくらいに無限の可能性を秘めた食材です。長峰の〝八彩懐石〟の〝八〟も〝八百〟であり、〝八百万〟です。無限の可能性を秘めた〝野菜〟に永遠の挑戦を続ける。老舗名店の八百屋〝長峰商店〟の精神を具現化する素晴らしい和食料理店です。
私の俳号は〝おたんこ茄子〟。
サプライズのお祝いを茄子に縁のある〝長峰〟で開いてくださった食いしん坊の愉快な仲間に改めて感謝します。
至福の時間を過ごした後、2次会でペイン・バルに全員で向かいました。そこでもがっつり食べましたよ。長峰の素晴らしい料理にも驚きですが、仲間の強靭な胃袋にも驚嘆です。
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金子半之助の天丼/日本橋

先月15日、日本橋で一番新しい「天丼」のお店が開店しました。日本橋天丼・金子半之助。名前もユニークですが、開店日と翌日の2日間、通常価格880円の「江戸前天丼」無料にするという気前のいいイベントを行ったために、11時の開店前から長蛇の行列。一躍、日本橋の有名スポットになりました。無料キャンペーンの終わった後も、行列は解消せず、今でも並んでから食べ終わるのに一時間近くかかります。
お店の名前「金子半之助」は、オーナーの金子真也氏の祖父で、日本調理師協会の理事長を務めた金子半之助の名前をつけたもの。もう亡くなられてから20年経っていますが、真也氏がお祖父さんから貰った閻魔帳(レシピ)に天丼の秘伝のタレが、このお店の天丼のお宝です。
まず、開店日から2日間無料だったという天丼をご覧ください。
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 横から見るともっと凄い!!!
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どうですか?
車えびが2本、どでかいあなごの一本揚げ、白身魚(きす)、イカ(食べやすいようにサイコロ状の掻揚げ)、ししとう、そしてユニークなのは温泉玉子の天ぷらて゜す。こんなに、ボリュームがあってもむねやけしません。理由は二つ。どんぶりが上げ底。見かけほどご飯は多くありません。豪華に見えて、多過ぎない、満腹になる量です。二つ目は、江戸前では、天ぷら油は、ごま油が相場。店内もごま油のいい香りが一杯。でもごま油だけだとしつっこくなりがち。サラダ油とブレンドした特別な油を使用していますと、金子さんが教えてくれました。
自慢のタレは、確かに秘伝の絶品。濃厚な味ですが、決してしつっこくない、ご飯とタネの両方を上手に生かしています。うっ~うまい!!!
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 これがメニューです。
イメージ 7天丼の種類は、2種類のみ。でも、しばらくは「江戸前 天丼」のみです。このメニュー、ランチもディナーもこれだけ。
是非、100円の味噌碗は、一緒に注文してください。とても美味しい豆腐の味噌汁で天丼と対照的な上品なお碗です。
「江戸前」ってよく聞きますね。元々の意味は、東京湾で取れた魚介類のことです。江戸城の前の品川あたりの海や河川で取れた魚介類を指しますが、上方に対する江戸流の意味にに変わってきました。
 関東大震災の前までは、東京の最大魚市場は、築地ではなく、日本橋にありました。日本橋の橋のたもとには、日本橋魚河岸発祥の地の石碑が建っています。
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 メニューの前に立っているのは京都祇園の原了郭の、「黒七味」。七味を焙煎したもので、オーナーの金子真也さんにお聴きすると、お店用に山椒の量を抑えた特別ブレンド品です。是非、使ってみてください。
この黒七味、話題のつけ麺「二代目 つじ田」にも並んでいます。つじ田を経営する辻田雄大氏と金子氏は大の親友です。二人の夢は、アメリカ進出。夢多き若きフードビジネスの戦士たちです。
「天ぷら」の語源は、ポルトガル語だと言われています。一般的に「油料理」を指すことが多いので、西日本では、さつま揚げを天ぷらと呼んでいます。江戸前の魚介に衣をつけて揚げ、それを天ぷらと呼び、大流行しました。それ以来、天ぷらは、江戸の郷土料理になりました。特に、日本橋界隈には、老舗の天ぷら屋さんが多くあります。
開店したばかりの日本橋天丼・金子半之助」。オーナーは、気さくな行動派。皿洗い、盛り付け、お客のご案内とフットワークも軽く走り回っています。とても好感の持てる、しかも美味しいお店でした。既に2回も行っちゃった。
 ご馳走さまでした。金子さん!!