割烹さいとうの海鮮丼/入谷(どんぶりスコア 18/20 ★★★★)

 

 どんぶり好きの人たちから〝どんぶり界の竜宮城〟と激賞されている〝割烹さいとう〟。創業50年を超える〝斉藤鮮魚〟という魚屋さんが営む魚料理の居酒屋〝割烹さいとう〟です。

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名物オーナーの斎藤五郎さんは15歳で山形県から上京。知り合いの魚屋で修業。当初は魚の名前も知らなったそうです。23歳で車を購入し移動販売を開始。初めての販売の日は、3万円で仕入れをして完売。売上の残金は何故か2万5千円だったとか・・・。どんぶり勘定はその時から得意だったとの笑い話は有名です。

 

1995年に〝割烹さいとう〟を開店。得意などんぶり勘定を活かして忽ち、大人気店へ。2009年には〝食べログベストレストラン〟を受賞。行列の出来る名店です。
これが当店1番人気の〝海鮮丼 (具の大盛り)。1050円。
中身はその日の仕入れで番いますが、常に15種類以上りネタが乗ります。
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ボタン海老、鯛、しめ鯖、イカ、シマアジ、カツオの炙り、イクラ、トリ貝、タコ、サーモン、マグロのナカオチ、佃煮、玉子焼き、蒲鉾、鯵。そして笑ってしまったたのは海老と鮪のにぎり2貫。にぎりはお客さまへの感謝のサービスとか・・・。(笑)

一生懸命数えたら、今日は、17種でした。
これっ、どんぶり
刺身の盛り合わせでは
間違いなくどんぶりです。(きっぱり)
刺身の下にはちゃんとご飯があります。(笑)
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あまりに刺身が多すぎて、どんぶりに盛りつけられないのです。

どうしてもどんぶりにしたいという人は同じ金額で刺身を別皿にしてご飯を茶碗で頂いてください。そしてご自分でひとつずつ丁寧に盛り付けたらご満足できるかも。でも積み木くずしになっても知りませんけど。

このセットの全体像がこれっ。
カニカマサラダと蛤の味噌汁が付いてます。
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最近は、中国の旅行ガイドにも掲載されており、ガイドブック片手にやって来るカップルも多い。
割烹さいとうの海鮮丼は凄い
文字通り、鯛やヒラメの舞い踊りです。

河金のかつカレー丼/入谷

 カツカレーの元祖は、〝銀座グリルスイス〟と言われています。その発祥ストーリーに巨人軍の千葉茂氏が関わった話は有名です。ところが、「かつカレー丼」の元祖は銀座グリルより30年以上前の浅草の洋食屋〝河金〟ということが言われています。その河金本店は大正7年創業。お店は浅草の国際通りにあり、江利チエミさんら多くのファンがいたらしいです。本店は、閉店しましたが支店が入谷にあります。その支店の〝河金〟も創業50年になる老舗です。言問通りを挟んで入谷鬼子母神と反対側の露地裏です。

 

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〝河金丼(750円)〟というのが元祖かつカレー丼のことです。
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 壁にメニューが貼ってあります。〝七〇匁(もんめ)カツ〟というのがあります。1匁は3.75gです。70匁は262.5gですね。本店は戦後間もなく百匁(375g)カツで有名になり〝匁カツ〟と呼ばれていたそうです。当時の豚肉の仕入れに進駐軍関係の精肉店の協力があったそうです。河金の屋台時代から江利チエミさんは常連客であり、もしかしたら進駐軍のキャンプで絶大な人気のあったチエミさんに忖度が働いていたのかも知れませんね。
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かつカレー丼が出来るまでビールとポテサラで待ちます。
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丼鉢に盛られたかつカレー。

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肉は柔らかなヒレカツでした。

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かつとごはんの間にキャベツが敷かれています。
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女将さんにお聞きすると本店でかつカレー丼が出来たのはホントに偶然だったそうです。

麻雀屋に出前を頼まれてカレーととんかつを出前に行ったらお客さんが、
これ次回からご飯の上に一緒に盛って来てよ、と言われたのがきかけだと聞いてます。
かつカレーという世紀の発明も、実はこんなに単純なことがきっかけかも。
そう言えば、親方はお弁当を出前に行っちゃいました。今でも、ご近所さんに愛される庶民的なお店なんですね。
カレールーもとんかつも美味しかったですよ。
次回は百匁カツにチャレンジしてみたいな。

うさぎやCAFÉの水飯/上野

〝水飯(すいはん)〟は、源氏物語以前からある日本の伝統料理です。俳句で夏の季語なんです。

上野の〝うさぎや〟と言えば、知らない人がいないほど〝どら焼き〟の老舗名店。その4代目が先月(2015年7月29日)にカフェ〝うさぎやCAFÉ〟をオープンさせました。
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上野広小路や御徒町の駅から至近の黒門町の裏通りに佇む真新しい店舗。素敵な〝花番〟の〝由花〟さんが、ご説明してくださいます。花番というのは、江戸時代に生まれた蕎麦屋の職制で女性給仕長のことですが、蕎麦好きの私は、ついつい花番さんと言ってしまいます。和食の世界なら〝女将(おかみ)さん〟。でも、CAFÉはフランス語ですから〝メートル(メートル・ド・テル(Maitre d’hotel) )〟でしょうか・・・。
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電子ジャーのなかった大昔。炊きたてのご飯は、直ぐに水分を失い固くなってしまいます。冷や飯を美味しく食べる智恵が〝水飯〟。冬は、〝湯漬け〟。夏は、冷たい水を掛ける〝水飯〟。源氏物語の中にも、常夏の巻にこんな一節があります。
いと暑き日、東の釣殿に出でたまひて涼みたまふ。中将の君もさぶらひたまふ。親しき殿上人あまたさぶらひて、西川(桂川のこと)よりたてまつれる鮎、近き川のいしぶし(川魚の一種)やうのもの、御前にて調じて参らす。例の大殿の君達、中将の御あたり尋ねて参りたまへり。「さうざうしくねぶたかりつる、をりよくものしたまへるかな」とて、大御酒(おほみき)参り、氷水(ひみづ)召して、水飯など、とりどりにさうどきつつ食ふ。
  (『源氏物語』「常夏」)。
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ご飯の上には、氷が敷き詰められ、超軟水の〝ハワイウォーター〟をペットボトルから注ぎ入れます。氷の上には、〝鮒佐〟の佃煮が載ってます。鮒佐は、浅草橋にある佃煮の元祖。
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忽ち、良い出汁が器いっぱいに広がります。
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おっ、これは行ける 佃煮は、昆布、あさり、しらすです。
光源氏が愛した水飯。由花さんは、〝須磨の秋〟の須磨のご出身とか・・・。もしかして〝明石の君〟の末裔かも。因みに、華麗麺麭(カレーパン)は新婚時代、明石に住んでましたと、全くお料理に関係ないお喋りまでしてしまいました。
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すっかりクールダウンしたカラダに温かな〝煎茶(せんちゃ)〟と、〝うさ餡みるく〟。
煎茶は、狭山の茶農家〝奥富園〟の15代目〝奥富 雅浩〟さんが開発したティーバッグ。奥富さんの作った煎茶用茶葉のやぶきた茶で作られた〝狭山コングーブラックティー〟は3年連続で紅茶のご本家・英国の紅茶コンクールで金賞を受賞しています。
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そして、うさ餡みるくは、飲むどら焼き。どら焼きの皮の代わりに牛乳が餡子とベストミックスです。
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 ここでキーワードは、〝ハワイウォーター〟。
本日、〝うさぎやカフェ〟に来た目的は、〝かき氷〟。水飯とかき氷の氷漬けの華麗麺麭ですが、ここの日本酒かき氷が食べたくてやって来ました。
うさぎや4代目が、かき氷を作ろうと思ったのは、この水とハワイで出会ったのがきっかけ。ハワイ好きの4代目は、毎夏ハワイに遊びに行きます。ついでに、うさぎやのどら焼きをアラモアナセンターで販売。その時、かき氷をハワイで作りたいと思い、美味しい氷に合う水を探します。そこで出会ったのが〝ハワイウォーター〟。超軟水。
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超軟水というのは、ミネラル分のうちカルシュウムとマグネシュウムの含有量が少ない水を言います
と、由花さんの説明。
単独で飲む水は硬水は美味しいですが、他の食材と合わせる時、軟水は食材の味を生かします 関西のだし文化は、軟水だから生まれました うさぎやの餡子の味を生かすのは、超軟水がぴったりです
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うさぎやのかき氷〝うさ氷〟。
ハワイウォーターの氷を掻いてます。
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トッピングは、ミルクかお酒。
当然、お酒をチョイス。
元々、4代目がかき氷を作りたいと思ったのは、餡子に酒がとても合うとの確信から。餡子に一番合うのは、広島の〝旭鳳〟しかないと結論。純米酒です。
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食べ方です。まず側面からスプーンで穴を掘ります。〝かまくら〟を作る要領。
中にどら焼きと同じつぶ餡がぎっしり入ってるのが見えます。
つぶ餡を取り囲むように黄色い氷があります。この黄色いのは、どら焼きの生地に入っている蜂蜜。この中心部に適量純米酒を垂らして食べます。
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 美味しいつぶ餡と純米酒のハーモニー。
素晴らしい やはり餡子と日本酒は合います。
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うさぎやCAFÉのオトナのかき氷。今年23杯目。あと、7杯で目標達成です。

ヨシカミのオムライス/浅草

ウメちゃん、唯一まともな事言うなあ。ウチは、ヘンなのばかりだと思ってたけど・・・。
思わずお客さんの笑顔がこぼれます。
そう言われたウメちゃんは、コンビネーションサラダのレタスをひたすら切っている若い料理人。
人の後ろを通る時は、大きな声で「通ります❢❢」って言うんだ
ウメちゃんの所へ皿を運ぶ新人クンを先輩クンが怒った直後、浅草〝ヨシカミ〟の名物店長〝吾妻 弘章〟さんのフォローが入りました。

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 浅草の昭和26年創業・洋食屋〝ヨシカミ〟は、行列の絶えない有名店。吾妻店長は、18歳でヨシカミに入り2代目店長として活躍。2010年には、取締役に就任。その活躍ぶりは、昨年テレビ東京〝ソロモン流〟にも採り上げられたほどです。(2014年5月25日)
 企業内教育には、〝OJT(On the job training)〟と〝OFF-JT(Off the job training)〟があると言われます。集合研修等のOFF-JTと違って職場教育のOJTで効果があるのは、その場で叱る、その場で褒めることです。後で新人クンを呼びつけてあの時ああだったと叱るのは効果半減。狭い厨房に9人のコックが入って仕事に専念しています。先輩クンの叱咤は当然。新人クンの行動は、事故に結び付きかねない危険な行為。その場で叱らなければ意味がありません。
 厨房で親方が見習いを怒鳴っている姿を時々見かけます。時には、客が不快になるほどの感情的な叱責に遭遇することもあります。先輩クンは、それほど大きな声で怒ってはいません。感情的でもありません。しかも、怒った後で、先輩クンの方が気にして自分の叱責が正しかったのか他の先輩に聞いていたほどです。吾妻店長は、そのことに直ぐに気づきました。店長の目と耳は、お客さまに対してだけでなく、調理人たちの行動、会話にも向けられています。お客さまの不快感を払拭し、先輩クンを褒めました。〝吾妻マジック〟。ヨシカミがいつも混んでワサワサしてるのに、居心地がいいのは、吾妻店長の気配りです。
吾妻店長は、客席に立ち、レジに立ち、外で待つお客さまに声を掛けます。
お名前は 今ですと1時間位お待ちになります。1時半にお戻りください。
 
12時40分に到着したワタシに50分後の集合時間を告げます。
その間、近くの喫茶店でお茶して待つことが出来ます。そして、そのご案内時刻は、実に正確。1時40分ちょっと前に入店できました。
他のお客さんが、
○○ですけど、もう名前呼ばれましたか
いえ、今、1時半のお客さまをお呼びしてます。もう少しお待ちください。
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 うますぎて申訳ないス❢の看板。
今年64年目の老舗の味は、創業以来変わらないと言います。だけど、吾妻料理長は、お客さんに分からないように少しずつ味を変えています。だから若い人も大勢やって来ます。
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グラスの赤ワインを注文。
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つまみに、塩味の揚げパンが付いて来ます。人気の〝かつサンド〟の切り落としたパンの耳を揚げてます。
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 ヨシカミに来たら、〝ビーフシチュー〟を食べなさいと言われます。
このビーフシチューにヨシカミの美味しさの全てが凝縮されています。
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とろけるように柔らかい牛バラ肉。洋食屋の旨さは、〝デミグラスソース〟に詰まっています。
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〝ハンバーグステーキ〟。
フライパンで表面を焼かれたハンバーグは、オーブンで時間を掛けて加熱されます。表面は、カリカリ。中はしっかり火が入っており、しかもふっくらと柔らかい。添えられたポテサラの美味しさは格別です。確かに、申し訳ないほど美味しい。
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これも名物〝オムライス〟。
オーダーが多く、厨房の真ん中でオムレツを約コックさんは、一瞬も休むことなフライパンを振ります。
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ふっくらした玉子焼きの中から、美味しいチキンライスが現れます。
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  ヨシカミの近くにいろもの(漫才、漫談など)を中心とした「浅草フランス座演芸場東洋館」と建物を同じくする姉妹館が「浅草演芸ホール(落語中心の寄席)」があります。フランス座のエレベータボーイをしていたのが、〝ビートたけし〟。大衆娯楽のメッカ〝浅草六区〟は、大人の街です。

大黒家の天丼/浅草

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 天丼の発祥は、創業1837年(天保8年)浅草雷門「三定」と言われています。三定のかき揚げ丼は、特に有名で、芝海老、イカ、貝柱の入った大きな書上げがドンと乗った「中かき丼」は絶品です。
今回ご紹介するのは、三定と並んで〝天丼〟で有名な浅草の老舗の「大黒家」。東武電車で浅草駅に到着直前、偶然にも知り合いのFさんを発見!! 彼女のお家は、浅草で古くからの八百屋さん。そして、彼女のお家の野菜が、この大黒家さんで使われています。「ウチのししとう沢山食べてきてくださいね!!」と送り出されて、大黒家に直行です。
イメージ 2大人気の大黒家。案の定、午後1時近くになるのに、長蛇の列。玄関を先頭に、列はお店の周りをぐるりと囲んでいます。炎天下で並ぶのはしんどいと思い、近くにある別館へ・・・。幸い、こちらも20分~30分待ちですが、涼しい店内で椅子に腰掛けて待つことが出来ます。今日は、別館で食べることにしました。
今日のチョイスは、海老2本とかき揚げが乗った天丼。Fさんとの約束で、ししとうのてんぷら丼があれば、それを注文しなければと思いましたが・・・。(笑)
天ぷらがどんぶりの蓋からはみ出すボリューム。ししとうは、残念ながら1個だけ。大黒家の天丼は、一般の天丼と大きく違うところがあります。
イメージ 3創業明治20年(1887年)の老舗天丼屋さんが頑なに守ってきたのは、ごま油だけで揚げる天ぷら。大黒家のファンがとても多くて、他のお店がいくら真似をしても作れないし大黒家にしか売れない味です。ごま油で揚げた天ぷらというのは、独特の強烈なごま油の香りがあります。ですから、その香りが嫌いな人も居ます。でも大黒家の天ぷらの味と香りを求めてたくさんの方がいらっしゃいます。他のお店の天丼とは差別化された個性的な天丼です。
見た目に真っ黒い色をしたどろっととした甘辛のタレがたっぷりかかっています。天ぷらは揚げたてのからっとしたてんぷらじゃなきゃダメという人はお帰りください。間逆です。大黒家は、この伝統の味を守り続けています。そして幸せなことに、それを支持するお客さまがたくさんいるということです。ここで売られているのはふつうの天丼ではなく、大黒家の天丼」です。
大黒家は、もともとお蕎麦屋さんでした。このお店のある、伝法院通りは、創業当時から人通りも多く、大変多忙なお店。しかし忙しいだけで儲からないお店でした。蕎麦屋の「大黒屋」は、天ぷらそばの売れる時は、儲かることに気づき、お蕎麦屋さんから天ぷら屋さんになったのです。名前も「大黒家」に変えました。明治の末頃のことです。

お蕎麦屋さんと天ぷらは深い縁があります。それは、天つゆに関係があります。天ぷらのつゆは、そばつゆが基本です。そばつゆの材料は、醤油・みりん・砂糖・だし汁です。江戸蕎麦の場合、だし汁は鰹節です。この4つの材料が大量生産できるなった江戸時代の中期以降、江戸蕎麦が爆発的に江戸市内で食されるようになったのです。そしてそばつゆは、「八方だし」と呼ばれ、会席料理等の重要な調味料としても、そばだけではなく様々な料理に使われるようになりました。ですから、「江戸味」の基本は、そばつゆなのです。そばつゆの甘辛な味は、外国人には苦手な方が多いようです。知り合いの老舗蕎麦店に、カナダ人を連れて行ったことがあります。天ぷらはたいへん評判でしたが、そばつゆの味はダメでした。でも彼らは焼肉の醤油ベースの甘辛味は、美味しいと言います。きっといつか、彼らにも蕎麦の味が分かって貰えると思います。

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