あつた蓬莱軒のひつまぶし/栄・松坂屋(どんぶりスコア18/20★★★★)

 名古屋名物として全国に知れ渡っている名物は〝ひつまぶし〟。名古屋独特の鰻丼です。〝ひまつぶし〟ではありません。

 ひつまぶしの元祖は熱田神宮の参道にある〝あつた蓬莱軒〟。明治6年に料亭として開業。この蓬莱軒のある宮宿は江戸時代から東海道五十三次の41番目の宿場町として栄えた場所で、蒲焼(鰻)とかしわ(鶏)が名物。蓬莱軒も蒲焼とかしわをウリにする店としてスタート。それがどうしてひつまぶしの元祖となったのかをお話ししましょう。
 10月の3連休最終日に松阪観光を終えて東京に戻ります。新幹線はきっと混んでいるので熱田神宮まで行かず、名古屋の中心部・栄の松坂屋にある蓬莱軒の支店に寄ってなるべく早く自由席で帰ることにしました。
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南館10階にあります。
午後3時に到着しましたが、昼飯の時間はとうに過ぎてるのに大行列。40人ほど待ってました。
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ひとりだったので中央の大きなカウンターに案内されました。

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ようやく〝ひつまぶし(3600円)〟が到着。
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おひとりさま用の木製のおひつにご飯と鰻が敷き詰められています。
鰻は縦横に切込みが入れられてます。このひつまぶしの基本型が出来てひつまぶしが〝ひつまぶし〟になりました。

 ひつまぶしの〝ひつ〟は〝お櫃(ひつ)〟。まぶしは〝まぶす〟。混ぜることです。
 蓬莱軒の鰻丼は美味しくて評判が良く、出前がとても多かったのです。ところが使用人がどんぶりをよく落して壊します。それで落しても壊れない木製のお櫃に2~3人前のご飯を入れて蒲焼を乗せてみました。ところがそうすると鰻だけが食べられてご飯が残ります。それで鰻に切込みをいれてご飯と混ぜて食べてくださいと説明。
それによってご飯が残らなくなりました。
さらに最後にだし汁を掛けてお茶漬けにすることを提案。人気が高まりました。
やがてお櫃をおひとり様用に改良。これが現在の完成型です。
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お吸い物の湯葉に〝蓬〟の字。

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先ず、4分の1を茶碗に盛りつけます。
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1膳目は、そのまま。普通に鰻丼の味。
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2膳目ネギ、海苔、わさびを乗せて・・・。
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3膳目はまたネギ、海苔、わさびを乗せて、さらにだし汁。
お茶漬けです。
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そして4膳目はお好きなスタイルで・・・。ワタシは、やはりお茶漬けにしました。
一度で3度美味しい。名古屋弁で言えば〝お値打ち品〟。のご紹介でした。

味処 叶の元祖みそかつ丼/名古屋栄(どんぶりスコア18/20★★★★)

 〝味噌カツ〟という名古屋の郷土料理があります。とんかつの上に八丁味噌などの豆味噌をベースにしたソースを掛けたものを指します。昭和42年に名古屋の錦三丁目のレストランが考案したとか、それより前の昭和40年に三重の津のレストランが考案したとかの説があります。味噌カツは確かに名古屋や津が発祥かも知れません。しかしそれよりずっと以前に〝みそかつ丼〟が誕生していました。不思議に思われるかも知れませんが味噌カツとみそかつ丼は別モノです。

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 名古屋・栄の路地裏に〝味処 叶〟があります。創業昭和24年。店主の名前は〝杉本 利資〟さん。平成24年に85歳でご引退されました。7年前まで何回か訪問した時は、まだお元気で厨房に立たれていました。当時は味噌カツ丼の写真撮影は絶対禁止。今回、写真撮影叶、いや可能です。(笑)
出て来ました 〝元祖みそかつ丼〟(1,200円)の生写真です。
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大きくて柔らかいかつが6個乗ってます。真ん中にとろとろの半熟玉子。
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ワタシ的にはめちゃめちゃ美味しいみそかつ丼です。しかし、所謂、名古屋の〝味噌カツ〟とは少し味が違います。味噌カツの苦手な甘ったるさがなくて見た目に反して酒好きが堪らなく好きになるあっさり味。それもその筈。創業者の杉本さんのお父さんは浅草の蕎麦屋さん。天丼と蕎麦を作っていました。名古屋生まれの親子は戦後故郷に戻るとふたりで割烹を開店。名古屋の人は八丁味噌が好きだからと味噌味のタレでかつ丼を作ったのが始まりです。ですから杉本さんの頭の中には名古屋めしの〝味噌カツ〟のどんぶりを作ったという意識は全くなかったのです。それが評判を呼び、フランキー堺さんや石原裕次郎さんたち大スターも常連客になってたくさんのお客さまが襲来するようになったのです。

 頑固一徹のオヤジさんの姿はもう見れませんが、美味しい元祖みそかつ丼の味はしっかりと受け継がれました。