花懐道の天ぷらの親子丼/新橋(どんぶりスコア17/20★★★★)

昨日訃報を受けました。珍しくないのですが、K君は自分より3歳も年下。少なからずショックでした。今の時代、60代前半の死は早過ぎです。2万人近い社員の中で、2回同じ職場で出会う友人は少ない。最初は、大阪本店の事務指導部という企画部門。そして2回目は、資金為替部。銀行の日々の運転資金を日銀、国内・海外の金融機関等から調達するという銀行の中でも特殊な部門です。日銀担当をしていた我々は、バブル時代に日銀接待の疑惑を疑われK君は連日、特捜の厳しい取り調べを受けて苦労しました。後任の彼ではなく、前任のワタシが取り調べを受けていたら果たして耐えられたかどうか・・・。とても強靭な精神の持ち主でした。

 息子から連絡を受け急遽ランチを一緒にすることにしました。新橋の〝花懐道〟。ワタシの銀行時代の先輩が経営するお店。今年1月22日にテレビ東京「日曜ビッグ 激セマ繁盛店2018」で放送され石ちゃん、内山君、紅蘭ちゃんと並んでワタシも顔をチョイ出ししました。
今日は夏日。東京の4月の気温で26.2度は過去3番目の記録。先日まで寒いと震えていたのが嘘のよう。喉が渇いたのでとりあえずクールダウン。
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何にしますかと店主の五味渕さん。初めから700円の天ぷら定食と考えてましたが、新メニューがあると言います。

〝若鶏と半熟玉子の天丼〟(700円)。芳賀親方が考えたそうです。
ランチに付く小鉢はそのままビールのつまみに・・・。こんなに出たら、もっと飲まなきゃ(笑)
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大食漢のワタシもびっくりする位のてんこ盛り。

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きのこの味噌汁と漬物も付いてます。

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半熟玉子の天ぷらにノックアウト。

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若鶏の天ぷらも大きくて柔らかいササミが3本入って満足するボリューム。

これまさに〝天ぷらの親子丼〟。多くの外国人は、生玉子や半熟卵を敬遠します。日本人は徹底した衛生管理の元、この生の玉子の美味しさを知っています。生の玉子を食べる幸せ。日本人に生まれて良かったとつくづく思います。
K君、また生まれ変わるなら日本ですよ
また会いましょう

本家 比内邸の親子丼/自由が丘(どんぶりスコア18/20★★★★)

 日本三大地鶏と言えば〝薩摩地鶏〟、〝名古屋コーチン〟、そして〝比内地鶏〟です。江戸時代に東南アジアや中国から渡日して秋田県北部の地鶏になったものに軍鶏を交配したのが〝比内鶏〟。ところが昭和初期には絶滅寸前まで激減して遂には〝天然記念物〟に指定されてしまいました。

この〝比内鶏〟の特長を引き継ぎ食味と生産性向上を図って品種改良したのが〝比内地鶏〟。比内鶏の雑種第1代〝F1〟です。雄の天然記念物比内鶏と雌のロード種の交配で生まれたF1で平飼いか放し飼いなどの厳しい飼育条件を課せられたのが〝比内地鶏〟です。
自由が丘駅前の路地を入ったマクドナルドの真ん前に〝本家比内邸〟があります。ここは正真正銘の比内地鶏提供店です。
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秋田県大館市の比内地鶏生産者・㈱本家比内地鶏の証明書が提示されています。
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注文したのは土日限定ランチの〝比内地鶏 極上親子丼(1500円)〟。
お吸い物、鶏皮と大根の煮物といぶりがっこ付きです。
親子丼(1200円)もありますが、比内鶏の美味しい部位が盛ってある極上を頂きました。
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比内鶏のササミとふりそでがたっぷり。
ふりそでは手羽先の根元で独特のコリコリした食感です。
鶏は炭火で軽く炙ってますが、レア感たっぷり。よほど新鮮さに自信がないと出せません。
果たして、今まで食べた比内地鶏のどこよりも美味しい。親子丼で食べるとは何と贅沢な
つくづくそう思いました。
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鶏皮の煮つけも最高です。
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箸休めに美味しいいぶりがっこ。これでご飯一膳行けますね。
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折角、秋田の美味しい郷土料理が続いたので〝稲庭うどん〟も+300円で追加しました。
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透き通るような美しい稲庭うどん。その滑らかな喉越しにいつも魅了されます。
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ここの親子丼は、比内鶏の美味しさを知り抜いた料理人でしか作れないまさに〝奇跡の親子丼〟と言えましょう。

 

炭火焼MARUの親子丼/中目黒(どんぶりスコア17/20★★★★)

 かつて肥後の国・熊本県には〝肥後五鶏〟と呼ばれる鶏がいました。〝天草大王〟、〝熊本種〟、〝地すり〟、〝久連子鶏(くれこどり)〟、〝肥後チャボ〟です。〝天草大王〟は、明治時代に中国から輸入された〝ランシャン種〟に天草地方で飼育されていた〝軍鶏(シャモ)〟と〝コーチン〟を交配させた肉用種。その特長は大王の名の通り、国内最大のカラダの大きさ。背丈は90cm。体重は7kg近くに達します。かつては福岡の水炊き用の鶏としてもてはやされましたが、大型種は産卵率が低く、昭和の初期に絶滅しました。

 

 平成4年にアメリカから稀少なランシャン種を100羽輸入し、残っていたたった一枚の〝油絵〟を参考に7世代交配を重ねた結果平成12年、奇跡の復活に成功しました。
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  この幻の〝天草大王〟を使った〝究極の親子丼〟が食べられると聞いて早速出掛けました。
中目黒「炭火焼MARU」。とてもお洒落な焼鳥屋です。
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この迫力の垂れ幕に圧倒されます。

 

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美味しそうな〝天草大王の親子丼(900円)〟です。
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〝釜揚げしらすとレタスサラダ〟。
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〝天草大王の鶏ガラスープ〟。
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ふわふわ・とろとろの〝天草大王 親子丼〟。
親も親なら子もすごい。2種の卵を使用。兵庫県加古川の〝日本一こだわり卵〟と徳島県阿南市の〝たむらのタマゴ〟です。
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大きくて噛み応えのある天草大王は炭火焼で旨味をいっぱい封じ込めています。
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タレと玉子が絡み合ったバカ旨のご飯。
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至福の宴の後は、シナモンパウダーの掛かった〝牛乳プリン〟。
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美味しいMARUのランチ。次回は〝焼鳥丼(1200円)〟がいいな。

 

玉ひでの親子丼/人形町【どんぶりスコア16/20 ★★★★】

おやっ、味が変わったね。美味しいねえ。

夫婦で顔を見合わせました。
布施明がこのお店の親子丼を食べて、
こんなに美味しいものが東京にあるのだ
と大感激したのは有名な話。と言っても、布施明は地方出身者ではありません。東京三鷹市の出身。芸能界に入り、人形町の〝玉ひで〟に連れて行って貰ったのでしょう。
以来、布施明の玉ひで愛は相当なもので、色々とテレビ番組に出てはどんなに玉ひでの親子丼が美味しいのか一生懸命話していました。〝とんねるずのみなさんのおかげでした〟の番組で仲間由紀恵と共演した時もお土産に親子丼を持参したほどです。
でも、だいぶ以前でしたが家内と玉ひでに親子丼を食べた時、
うっ、甘い甘すぎる
という印象が強かったのです。布施明がそんなに言うほど美味しくないじゃんと正直今日まで思ってました。
今日も開店前から長蛇の行列。店の前を通る度に、
それほど美味しくないよ~。
って心の中で思ってました。(笑)
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門灯に灯りが点きました。いよいよ中へ。
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 下足番に履物を預けて上がると玉ひで・親子丼の生みの親〝五代目妻女 山田とく〟の写真と食品サンプルの親子丼が飾られています。
 玉ひでに開業当時から親子丼があったのではありません。1760年の創業時は、代々、将軍家の鷹匠を家業としていたことから〝御鷹匠仕事〟に移りました。将軍家の前で鳥を絞めて血を一滴も出さずに肉と骨に包丁で捌く儀式〝包丁式〟をやっていました。
当時の鶏肉は、鶴、白鳥、鴈、雉、山鳥の順番に高貴な食肉とされていました。我が国は、仏教伝来以後、基本的には食肉は忌避されていました。鶏は最も忌避される鳥肉です。時を告げる神の使いと目されていたのです。
 ところが南蛮から鶏を食べる習慣が入ってくると最初は卵料理、そして食肉の習慣が徐々に広がりました。玉ひでは、1852年には、軍鶏鍋(しゃもなべ)名店として名物店番付に掲載されるようになったのです。五代目の妻女・とくが明治25年以降に〝軍鶏肉の親子丼〟を発明をして、味の評判は瞬く間に東京中に知れ渡りました。
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軍鶏の鶏ガラスープとほうじ茶が出て来ました。いよいよですねえ。
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金色の親子丼を恭しく仲居さんが持って現れます。
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ご開帳
ご覧ください。このジューシーな親子丼。
シズル感満載
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軍鶏肉が黄色い大海で溺れてます。
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軍鶏肉は肉質がやや硬い。でもそれが食感を楽しませてくれます。
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親子丼の元祖。玉ひではやはり美味しい

 

木鶏の親子丼とスープカレー/松本

イマダモクケイ(木鶏)ニオヨバズ

逸ノ城の人気が凄い。人並み外れた〝逸材〟の名前の通り、今年9月場所で新入幕力士がいきなり横綱と二人の大関を倒しました。〝前頭十枚目〟の若き力士が、今後どんな名力士に成長するか楽しみです。
冒頭の言葉は、昭和の名横綱・双葉山の前人未到の大記録69連勝記録が止まった夜に、〝安岡正篤〟氏に打電したもの。双葉山は、若くして類稀な強さが評判となり、天狗状態。それを安岡氏は「荘子・外編」に出ていた〝木鶏〟の逸話で諭しました。
真に強い闘鶏は、周囲の騒音に動じることなく木彫りの鶏のように動じない
その逸話に感動した双葉山は真の木鶏になろうと日々精進。不倒の大記録を樹立しました。
長野県東筑摩郡山形村に今年(2014年)4月に蕎麦屋が開店しました。
店名は、〝そば処 木鶏〟。
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店主の塙 和貴さん(32歳)と奥様、お子さん3人の家族。久しぶりの再会です。
蕎麦が好きな塙さんは福島県福島市の出身。蕎麦処の福島ですが、塙さんは信州に生活の拠点を置きました。21歳の決断です。蕎麦屋を開業しようと明確な目標を抱いて長野に移住。以来10年間、家族と一緒に頑張って来ました。
途中、あの〝東日本大震災〟。出身地の福島は、甚大な被害。胸が張り裂けそうな悲しみを堪え、信州で福島支援活動を展開。そんな塙さんのひた向きな努力、人を愛する心が長野と福島のふたつの心をひとつにしました。
念願の蕎麦屋〝木鶏〟が開店してからわずか半年。既に、地元の蕎麦名店として大人気です。連日、大勢のお客様が押し寄せます。
では、〝木鶏〟の美味しいお料理をご紹介します。
突き出しは、福島の郷土料理〝いかにんじん〟。松前漬けのルーツと言われています。

 

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乾杯のビールは、〝みちのく福島路生ビール〟。やはり、これも福島のビール。
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木鶏は、鶏料理にこだわります。〝鳥皮ポン酢〟。
新鮮で美味しい。こりこりした食感も楽しい。
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〝とりわさ〟。
表面を軽く湯引き。美味しさが肉の中に封じ込められています。
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特別に取り置きして頂いたレバー、砂肝、ハツ。
塙さん、ありがとうございます。
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お酒にしましょう。
福島・二本松の人気酒造〝人気一〟。
〝黒人気〟という名の純米吟醸です・
〝人気酒造〟は、日本で一番新しい蔵。でも実態は、創業明治30年の名門・大内酒造の〝大内達〟さんが奥の松酒造の〝遊佐勇人〟さんを引っ張り出して立ち上げた蔵。とても注目を浴びている人気蔵です。
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鶏の〝胸肉のたたき〟。
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〝半熟とろとろ 木鶏丼〟。
かつおだしと鶏ガラの旨みが加わった究極の親子丼。
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どう  シズル感たっぷりでしょ 
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人気の〝ごぼ豚(とん)つけ蕎麦〟。
安曇野の放牧豚と牛蒡の相性が最高です。
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〝和キーマカレーそば〟。
塙さんの友人の洋食屋シェフとのコラボ。
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残ったつゆにご飯を投入。スープカレーです。
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徳川二代将軍〝徳川 秀忠〟の子ども〝保科正之〟は、7歳で信濃高遠藩に養子に出されました。その後藩主に・・・。会津の藩主になったのは21歳。塙さんも、21歳で福島から長野に蕎麦の勉強でやって来ました。奇しくも同じ歳に保科正之は長野から福島に、塙さんはその逆です。福島会津の名物〝高遠そば〟の食文化が誕生したのはこの名君・保科正之の蕎麦好きによるものです。塙さんは、この信濃に、きっと何か、とても大きなモノを残すと思います。
すっかり長野に根を下ろした塙家の家族。もうすぐ、4人目のお子さんが誕生します。
仲の良い兄弟たちは、その日を心待ちにしています。子どもたちに注がれる愛情深い目線。素敵な写真です。
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【塙さん撮影】