にしむらのうな重/目黒不動(どんぶりスコア16/20★★★★)

 目黒の美味しい食べ物と言えば〝サンマ〟。

これは落語から生まれました。それを毎年品川区と目黒区が悪乗りして〝サンマ祭り〟なんてやるもんだからホントに目黒のサンマが美味しいと思い込む方が多い。
 目黒なる 筍飯も 昔かな      高浜虚子
 ホントの名物は〝タケノコ〟なんですよ。江戸鉄砲洲の海運業者・山路勝孝が薩摩の藩邸より孟宗竹を幾株を分けてもらい、或いは直接取り寄せて戸越村の彼の別荘地で栽培したのがきっかけ。そのタケノコがとても美味しかったので、碑文谷村、衾村など品川、目黒全域でタケノコ栽培が盛んになりました。タケノコ栽培の農家はかなり儲かったようで〝タケノコ勘定〟という約束手形みたいに支払期日をタケノコの売り上げで支払う商習慣が生まれたそうです。目黒不動の前にあった角伊勢・内田屋・大黒屋などの料亭は〝名物筍飯〟で評判となり、目黒不動詣での観光客が押し寄せたそうです。
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今はなくなったタケノコと並んで有名な食べ物は〝うなぎ〟。目黒駅を降りて急勾配の行人坂を下ると目黒川にぶつかります。ここに架かってるのが〝太鼓橋〟。
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その橋の袂に〝太鼓鰻〟という鰻屋があったそうです。創業は宝永年間の1700年頃。つい最近まであったそうですから300年以上の大老舗だったのですね。目黒川は昔、水が大変綺麗でこの川に生け簀をつくり鰻を飼っていました。でも太鼓の鰻とは・・・。太鼓持ちの鰻だとこれも〝鰻の幇間(ほうかん)〟で落語。調子のいい太鼓持ちが知ったかぶりをしたために鰻屋の勘定を全部支払わされるというお噺。
 今は、目黒不動の門前に〝八目や にしむら〟という鰻屋が大人気。いつも大行列です。
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この鰻屋さん、大正15年に巣鴨のとげぬき地蔵に創業しました。ここで大成功し二匹目のどじょうでなくうなぎを狙って昭和35年に〝目黒不動〟の門前に開店。
目黒川の生け簀はありませんが、千住の川魚問屋〝松本〟から鹿児島、愛知の美味しい鰻を仕入れています。八目うなぎはアラスカ産だそうですが、本日は入荷なし。名前はうなぎであっても鰻でもないし味も全く違います。
 鰻は注文毎に焼くので時間が掛かります。出て来るまで、ビール(600円)を飲んで待ちます。
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ビールのつまみは〝肝焼き(400円)〟。

 

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お新香の量はたっぷり。
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うな重定食は3種。中、上、特上。
上(3,200円 肝吸い付き)をお願いしました。
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大串の鰻は脂も乗って大きい。ふわふわで秘伝のタレも甘過ぎず美味しい。巣鴨のにしむらが戦争の時、防空壕に持ち出し守ったそうです。
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 タケノコと鰻の名店が目黒不動の周辺にあったのは、創建808年の目黒不動・天台宗 瀧泉寺があり関東最古の不動尊として江戸時代に多くの参拝客を集めたからです。
冒頭の〝目黒のさんま〟という落語も徳川家光が鷹狩にこの地に来た時に権之助坂の頂上あたりにあった家光のお気に入りの茶屋〝爺々茶屋〟があり、時々お立ち寄りになったそうです。ある時、ここで秋刀魚を食べたことが創作の由来と言われています。全くの根拠がないお噺ではないようです。目黒の美味しい食べ物をこれからもご紹介させて頂きます。

あつた蓬莱軒のひつまぶし/栄・松坂屋(どんぶりスコア18/20★★★★)

 名古屋名物として全国に知れ渡っている名物は〝ひつまぶし〟。名古屋独特の鰻丼です。〝ひまつぶし〟ではありません。

 ひつまぶしの元祖は熱田神宮の参道にある〝あつた蓬莱軒〟。明治6年に料亭として開業。この蓬莱軒のある宮宿は江戸時代から東海道五十三次の41番目の宿場町として栄えた場所で、蒲焼(鰻)とかしわ(鶏)が名物。蓬莱軒も蒲焼とかしわをウリにする店としてスタート。それがどうしてひつまぶしの元祖となったのかをお話ししましょう。
 10月の3連休最終日に松阪観光を終えて東京に戻ります。新幹線はきっと混んでいるので熱田神宮まで行かず、名古屋の中心部・栄の松坂屋にある蓬莱軒の支店に寄ってなるべく早く自由席で帰ることにしました。
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南館10階にあります。
午後3時に到着しましたが、昼飯の時間はとうに過ぎてるのに大行列。40人ほど待ってました。
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ひとりだったので中央の大きなカウンターに案内されました。

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ようやく〝ひつまぶし(3600円)〟が到着。
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おひとりさま用の木製のおひつにご飯と鰻が敷き詰められています。
鰻は縦横に切込みが入れられてます。このひつまぶしの基本型が出来てひつまぶしが〝ひつまぶし〟になりました。

 ひつまぶしの〝ひつ〟は〝お櫃(ひつ)〟。まぶしは〝まぶす〟。混ぜることです。
 蓬莱軒の鰻丼は美味しくて評判が良く、出前がとても多かったのです。ところが使用人がどんぶりをよく落して壊します。それで落しても壊れない木製のお櫃に2~3人前のご飯を入れて蒲焼を乗せてみました。ところがそうすると鰻だけが食べられてご飯が残ります。それで鰻に切込みをいれてご飯と混ぜて食べてくださいと説明。
それによってご飯が残らなくなりました。
さらに最後にだし汁を掛けてお茶漬けにすることを提案。人気が高まりました。
やがてお櫃をおひとり様用に改良。これが現在の完成型です。
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お吸い物の湯葉に〝蓬〟の字。

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先ず、4分の1を茶碗に盛りつけます。
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1膳目は、そのまま。普通に鰻丼の味。
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2膳目ネギ、海苔、わさびを乗せて・・・。
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3膳目はまたネギ、海苔、わさびを乗せて、さらにだし汁。
お茶漬けです。
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そして4膳目はお好きなスタイルで・・・。ワタシは、やはりお茶漬けにしました。
一度で3度美味しい。名古屋弁で言えば〝お値打ち品〟。のご紹介でした。

梅田の鰻丼/人形町

おい、梅田お前んとこ鰻屋だろ。父ちゃんが鰻に梅干は食い合わせが悪いって言ってたぞ鰻屋にしては最低の名前だな
梅田少年の心は酷く傷つき、今に見てろと・・・。
そんな話があったかどうか知りません。 昭和38年創業の人形町〝すっぽんと鰻 梅田〟。の名物〝梅田丼〟は、鰻と梅干のマリアージュです。
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梅田少年は、子供の頃の悔しさをこんなカタチで訴えました。
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さて、どんな〝梅田丼〟が出て来るのでしょうか
ビールを飲んで待ちましょう。
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突き出しは、〝すっぽんの煮こごり〟
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ホントは、玉子焼きや板わさも欲しいのだけど、夜のメニューだそうで昼のつまみはありません。
〝梅田〟は、注文を受けてから鰻を蒸して焼くので出て来るまでに30分位掛ります。それでも満席のお客さま、ニコニコ顔で不平ひとつなしでその時を待ちます。
いよいよ鰻の登場
先ずは、連れが選択した〝白焼き丼〟。
梅田丼と並んで他の鰻屋であまり見かけないメニュー。
どちらも人気のメニューです。
鰻に串を打った〝筏(いかだ)〟をタレに浸けずに直火で〝蒲焼〟にしたもの。タレの味が一般的に濃いため白焼きにすると鰻本来の美味しさが口の中に拡がります。
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鰻の白焼きは、決して珍しくありませんが、丼ぶりは珍しい。鰻の白焼きは〝わさび醤油〟で食べることが多いので、白焼き丼の上には、わさびの大きなかたまりがちょこんと乗ってます。
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確かに、鰻丼なのにさっぱりとした味わい。特に何も浸けず、そのまま食べられます。
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お待っとうさんです。
名物〝梅田丼〟。
鰻の表面は、軽くタレを塗って焼かれてます。
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蒲焼は、ご飯と一緒に取り出しやすいように予めひと口サイズにカッティングされてます。
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うち1枚の鰻を捲(めく)ってみると・・・。
納得です。鰻ととご飯のあいだにあった〝美味しさの秘密〟。
梅干ペーストがご飯の表面に塗られてます。刻み海苔、青葱、胡麻。
シンプルですが。めちゃ旨い
こんなにも美味しいから。つい食べ過ぎるので〝食べ合わせ〟にしちゃったのではないでしょうか
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〝江戸料理の研究家〟としてご高名な千葉大学名誉教授の〝松下幸子〟さん。
先生のご研究では、〝食合禁〟にはふたつあるそうです。ひとつは、食べ合わすと不都合な結果が生まれるかも知れないという本来的な食合禁。中には、現代にも通じる科学的な根拠のあるものもあります。
もうひとつは、〝月禁〟と呼ばれるものです。他の月には食べても良いけどその月にはダメ。例えば〝鰻〟は4月と12月は食べていけないことになっています。現代では〝迷信〟として問題にされないですが、当時は生活の中で重要な役割を持ってました。〝鰻と梅干〟は食べ合わせになっていますが、実は、〝月禁〟に近い迷信のようなもの。もしかすると、〝あまりに美味しい組み合わせ〟は、人間を堕落させるので良くないという禁欲的な意味合いがあったのかも知れません。まあ、一度、人形町の美味しい〝梅田丼〟を是非、お召し上がりに
但し、お腹が痛くなっても知りませんけど・・・。

ほさかやのうな丼/自由が丘

自由が丘の「ほさかや」は鰻屋さんですが、うな重、うな丼を食べることが出来るのは、昼のランチのみ。夜に食べたいと思ったら裏技が必要です。
下の記事は、夜の部の訪問記事です。
良い子の皆さん、もうご帰宅されましたか?
誰ですか? 居酒屋で飲んでるのは?
まいちゃん、あなた。あなたですよ~。
現在、東京都下。横浜、川崎は大雪警報。23区は大雪、風雪注意報発令中です。
私の住む自由が丘。自由通りも、こんなんになってます。
ソチよりコチの方が断然雪多いよね。
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激しく降る雪の中をうなぎの〝ほさかや〟に辿り着きました。
辿り着いたと言っても、自由が丘駅北口改札からわずか徒歩2分ですけど・・・。
〝ほさかや〟は、創業昭和25年。老舗のうなぎ屋です。
昼は、うなぎ屋。夜は〝うなぎ居酒屋〟。
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オヤジも珍しい雪に雪見しながら鰻を焼いてます。
オールカウンター。15席はこんな雪の日でも満杯。
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取りあえずの〝一番搾り〟。
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〝うなぎのからくり焼き〟。別に〝機械仕掛け〟のからくりのある鰻ではありません。
元々は〝くりから焼き〟。〝倶利伽羅〟と書きます。〝不動明王〟の変化身〝倶利伽羅竜王〟のことです。
〝竜が火炎の中の宝剣に巻きつき、その先端を飲み込もうとする様〟を言います。この〝くりから〟が言い易いように〝からくり〟となりました。串に巻きつくうなぎです。
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〝うなぎの塩焼き〟。塩加減がいい塩梅(あんばい)。
山葵を乗っけて食べると、あ~ぁ、旨い
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〝うなぎのにこごり〟。絶品です。
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〝う巻き〟。うなぎの塩焼きが芯になった玉子焼き。酒のつまみにいい。
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今夜は、〝焼酎のお湯割り〟。
キンミヤ焼酎をあふれ酒状態に注いでくれます。
お湯は、ジョッキに入れて手渡されます。
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〝うなぎのきも焼き〟。
きもすいの肝ですが、ボリュームありの串です。
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 下が〝うなぎのヒレ〟。上が〝うなぎのかぶと焼き〟。かぶとは早い話、うなぎの頭の行列。
こりゃあ旨いねえ。
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じゃあ、〝うな丼〟でも〆に行きますか
うなぎ屋なら当然の〝うな丼〟や〝うな重〟。
でも、私の食べてる〝うな丼〟にお客さまの視線が集まってます。
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不思議に思うでしょ
この〝ほさかや〟の夜のメニューに〝うな丼〟や〝うな重〟がありません。
〆のご飯モノがありません。

カメラを引くとそのワケが・・・

〝松屋〟のどんぶりの上に〝牛〟でなく、〝うなぎの大串かば焼きが・・・〟。
そうなんです。〝松屋〟の150円の持ち帰り白飯。
ほさかやは、夜はご飯を炊きません。呑兵衛たちのお店なのでご飯の用意がありません。
うな丼食べたいのなら持っていらっしゃいと女将さんに言われてます。
だからこれがやりたくて・・・。
得意満面。 これ見よがしに食べるうな丼は実に美味しい。
隣席のお客さん、
いいですねえ。今度私もご飯買って来よう
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〝吉田類の酒場放浪記〟に出て来る〝大人の居酒屋〟。
ところが食べてるワタシは〝子ども〟。
すみません。ボク、なかなか大人になれなくて・・・。
まいちゃん、無事に帰れましたか
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結局、東京の積雪は、最高27cm。先週の土曜日に並ぶ45年ぶりの大雪でした。
都内の交通機関は大混乱。多くの人々に影響がありました。
こういう日の為に、〝居酒屋依存症〟の方は、ご自宅の近くに〝大人の居酒屋〟を確保しておきましょう。